十二月と言えば、クリスマスやニューイヤーに向けて、様々なアーティストがアルバムを発売する時期で。
 Jたちのバンドもその中に入っていたおかげで、せっかく大学が冬休みでフリーだと言うのに、ずっと会えずにいる。
テレビやラジオの出演はもちろん、全国各地でのストアイベントまで組み込まれているから、その移動も含めると休みなんて全くないらしい。
ほとんど自宅にも帰らずにしっかりきっぱり忙しくしているJに、会う時間を作れとは言えなかった。
 だから仕事を終えたばかりのJから、これから迎えに行くと電話があった今、緩んだ頬を引き締められずにいる。
 もう一月以上メディアの中のJしか見ていなかったのだ。あの瞳に直接見つめられると思うだけで、体が熱くなる。
 電話があってから一時間と十三分。玄関のチャイムが、Jの到着を告げた。
 扉を開ければそこに、焦がれた人が立っている。
「ハイネルだ……」
 呟いて、扉の内側へと足を踏み入れたJに、長い腕で引き寄せられた。
 言葉を発するよりも早く唇を奪われて、その熱に思考が止まる。
 既に自力で立つことも危うい体は小刻みに震えて、口付けられているだけなのに甘えるような吐息が零れてしまう。
 口角から飲みきれなかった唾液が溢れ、それを追うようにJの舌が滑った。
ゾクリと背筋を駆け上がる感覚に耐えながら、Jの頬に手を添える。
 欲に濡れ、色を濃くした青い瞳が私を見た。
 Jの唇に触れていた親指を軽く咬まれる。さらに舌を絡められてガクリと膝から力が抜けた。
「ゴメン、がっついてるのは解ってるけど、我慢できない」
 耳朶を唇で挟むようにしながら今すぐ欲しいと苦しげな声で囁かれて、私に拒めるはずもない。
 冷たい壁に背中を押し付けられて、漸くここが玄関であることを思い出した。
 たった数歩歩くだけでリビングにも寝室にも行けるのに、それすら待てないと言うのか。
 こんなに欲しがられているのは嬉しいけれど、この場所でコトに及ぶのには抵抗がある。
「ちょっと待っ……」
「待てない」
 いつの間にかズボンのフロントを外されていたらしく、それが膝まで滑り落ちた。
 下着の中に滑り込んできたJの指先を冷たいと感じたのは一瞬で、弱い場所を確実に暴いていくそれに抵抗するのは難しい。
「もうこんなになってる……。こっちも、俺が欲しいだろう?」
「ふっ……ァ」
 さらに奥へと移動した指が、私の中に入って来る。
わざと音をたてているのだろう、濡れた音がやけに大きく響いた。
「早くここを俺でいっぱいにしたい」
「そんなこと、言うな……」
 そんな恥ずかしいことは声にしないで欲しいのに、今日のJは意地が悪い。
「おまえがそういう顔をするからだろう?」
 言わせているのはおまえだなんて、だからそんな声で囁かれたらダメなのに。
「アァッ」
 私の中で蠢いていた指の代わりに、Jの昂ぶったモノが入って来た。
 立ったままで壁に押し付けられて、片足を上げさせられて、無理な体勢に苦しいのに、それでも喜んでいる私がいる。
「や…深……ぃ」
「久しぶりだから少しキツイな。おまえの中、熱くて溶けそうだ」
 Jの掠れた声が、さらに私を煽る。
 体を突き上げられるたび、信じられないほど奥にJの熱を感じて、脳天まで痺れていく。
「駄目だ。もう、持たないっ……クッ」
 極まった声でJが呻いて、最奥に滾った欲を叩きつけられた。
「ひっ……ィう……」
 溜まったものを全て注ぎ込もうとするかのようにJが腰を揺さぶって、それが私を追い詰める。
 Jの熱い掌に握りこまれて促されたら、もう我慢なんて出来なかった。
 私が迸らせたものが絡みついた己の指をJは私の目の前で舐めて見せる。
 わざと見せ付けるように舌を出して、私と目線を合わせたままゆっくりと舐めるのだ。
「そんなこと、するなっ」
「なんで?もっと俺が欲しくなるから?」
 あまりの言動に声も出せずにいたら、勝手に解釈したらしいJが、私の両足を抱え上げた。
 左の足首に絡み付いていたズボンが、床に落ちる。
「いいぜハイネル。俺ももっとおまえが欲しい」
 あんなに私の中に注ぎ込んだくせに、まだ中に入っているままのJが再び力を取り戻していく。
 そのまま歩き始めたJに、慌ててしがみついた。
「今度はベッドでゆっくり可愛がってやるよ」
 そう宣言してみせたJに不安を感じつつも、頬を摺り寄せてみる。私だってずっとJにこうされたかったのだ。
 今日のJは少し意地が悪いけれど、それもきっと長い間会えなかったせい。Jになら、何をされても許せる気がする。
 こんなに良い男が、私のものだと決まっているのだから。
 頬に口付けたら、嬉しそうな笑みを浮かべる。
そんなJに見惚れていたら、私の中のモノがさらに体積を増した。
「あんまり煽ってくれるな。優しくしてやれなくなるぞ?」
 それでもいいなんて思ったことは、Jには内緒だ。
 久々に満たされた夜になりそうだった。





 宣言通り、表にされたり裏返されたり、頭のてっぺんから足の先までJの触れていないところは一点もない程に愛されてしまった。
 多少は私もねだったりしなかった訳ではないせいで、文句は言えない。
「う……」
 心は満たされたけれど、満たされすぎた体が少し辛い。
 すっかり上機嫌のJは、脂下がった表情のまま私の体を撫でている。
「大丈夫か?」
 体を起こそうとして失敗した私をJは軽々と抱き起こした。
 広い胸に背中を預けて、Jが飲んでいたペットボトルの水を奪う。
 そんな私をJが食い入るように見つめていることには気づいていたが、流石にこれ以上求められることもないだろうと、渇いた喉を潤すために水を飲んだ。
 唇についていた水滴をJが指で拭ってくれる。
 その指が口腔内に進入してきて、慌てて拒んだ。
「今日はもう、これ以上は無理だっ」
「おまえが、俺の欲を刺激するんだろう!」
「なら明日から私が動けなくても良いと言うのか!」
 一人なのに困るじゃないかと抗議をしたのに、そんな心配は無用だと一蹴された。
「言っただろう。迎えに来たって」
 驚いてJを見つめれば、照れたように視線を逸らして言葉を続ける。
「冬休みなんだろう?俺と一緒にいてくれたっていいじゃないか」
「え、だって……」
 仕事先に連れて行くためにスタッフの一人だとごまかすからと言うのは、まだ理解出来た。
 しかし、Jが私の世話を焼いていたら明らかに不信人物になってしまう。
 人間に傅く悪魔なんて明らかにおかしいし、もしファンにでも見つかったら夢を壊してしまうかもしれない。
「そんなの、着いて行ける訳ないだろう」
 すごく行きたいけど。
 私だってJたちのバンドのファンなのだ。追っかけたいのを我慢しているのに、あんまり誘惑しないで欲しい。
「心配するな。ちゃんとハイネルの分の衣装も用意してある」
「は?」
「魔界の王子って設定でな。まぁ俺たちみたいな格好はしてもらわなきゃならないけど、尊大な態度で座っていてくれれば良いから」
 Jの台詞に我が耳を疑った。私が、王子……?
「そんなこと、出来るか!」
「出来なくてもやってもらうからな。俺はもう、これ以上おまえと離れているのはごめんだ!」
 そのためならどんなことでもしてみせると断言したJの迫力に圧倒される。
「腰が抜けるほど愛してやるよ。そうしたらどこへでも俺が抱いて行ってやるから」
 そんな甘い声を出すなんて反則だ。
「勝手すぎるぞ……」
 私はただの大学生なのに、こんな風に言われたら拒めなくなってしまう。
 仕方がないと諦めた私に、Jは極上の笑顔を見せた。
 実はリーダーに、私を連れてくるように脅されていたと知ったのは、翌日のことである。





 クリスマスイヴに行われるライブのための練習スタジオに向かうJの車の助手席に、私は座らされていた。
 昨日Jの言ったことが、いよいよ現実になろうとしているのだ。
 今日はメンバーとの顔合わせだけだからと言われたので、少しだけ気は楽だけど、本物のメンバーに会えるのだと考えたら緊張せずにはいられない。
 そんな私がJには面白くないようで、嬉しそうな顔をするななどと難しいことを言う。
 ビルの地下駐車場に車を止めたJに、付いてくるように促されて車を降りた。
 ここの一階が、今日使うことになっているスタジオなのだそうだ。
 重い防音扉を開けて足を踏み入れたとたん、熱烈な歓待を受けて面食らう。
 今、私を抱きしめているこの人は、リーダーのAに違いない……。
 Jが、私からリーダーを引き剥がした。
 どういうつもりだと本気で怒っているJに驚く。
「そんなに怒るな。やぁ、君がJの想い人か。俺はリーダーのA。あっちの髪の長いのがベースのDで、そこのでかいのがドラムのKだよ。よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
「しかし、これならJが血眼になって探していたのも解るな。子供の頃は女の子みたいだったんだろう?」
 男だったのはビックリしたけどなと笑うリーダーに、言葉を返すことが出来ない。
 リーダーの口振りでは、私とJとのコトを全て解っているように聞こえる。
「J?」
 どういうことかと説明を求めれば、Jより先にリーダーが答えてくれた。
「Jが君を探していることは知っていたからね。見つけたと聞いていたのになかなか紹介してくれないから、連れて来いって言ったんだよ」
 Jがそんな簡単に私を紹介するなんて思えないから、きっと何か脅しになるようなことを言われたのだろう。
「よし決めたぞ。君の名前は、今日からVだ。俺のことは兄上と呼べよ」
「は?」
 なんだVって。それに兄上なんてどうして。
「なんだ。Jから聞いてないのか?Vは魔界の王子であるこの俺の弟なんだよ。そうすりゃ偉そうに舞台見てても怪しまれないだろう?」
 ちょっと待って欲しい。いったいどうしたらそんな思考になるのか。
 Jと一緒にいられるように考えてくれているのは嬉しいけれど、芸能人になるつもりは私には全くないのだ。
「もう衣装も用意してある。逃げるなよ?」
 この人は、もしかしなくてもJより強引かもしれない。一通り私に向かって宣言したことですっきりしたらしく、さっさとリハーサルを初めてしまう。
 演奏中の彼らはやっぱり格好いい。
Jだけではなくて、メンバー全員が輝いている。
この中に無理矢理組み込まれてしまったことは気が重いが、こんなに近くで生の演奏を聞けるのなら、それも良いなどと考えてしまう自分が怖い。
これからどうなってしまうのか考えれば不安も多いけれど、これも私たちに課せられたゲームだと言うのなら、必ずクリアしてみせる。
「がんばってくれたまえ」
 決意を固めた私の背中を押したのは、少し疲れた様子のマネージャーさんだった。






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